ニュースまとめ「CBDC・中央銀行デジタル通貨をきっかけに、貨幣の歴史と本質を知ろう!」

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ニュースまとめ「CBDC・中央銀行デジタル通貨をきっかけに、貨幣の歴史と本質を知ろう!」

2020/11/09

CBDC・中央銀行デジタル通貨をきっかけに、貨幣の歴史と本質を知ろう!
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1.CBDCは歴史の必然?
2.貨幣の始まり
3.CBDCは世界的に広がる可能性がある
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1.CBDCは歴史の必然?
日銀の雨宮副総裁が面白い発言をしていました。以下、「週刊金融財政事情」の雨宮副総裁の発言を引用します。
 
------------------- 以下、引用
歴史の必然という指摘は、そのとおりだと思う。自然貨幣、商品貨幣、金属貨幣、信用貨幣と進展していった結果、現在、CBDC発行の検討に至っている。
 
大変興味深いのは、「貨幣は大昔から信用でできていた」という文化人類学や考古学の貨幣論だ。経済学での貨幣の発展理論は、大昔は物々交換があり、それだと不便なので媒介物が必要なので貨幣が生まれ、自然貨幣から信用貨幣まで進化していった、というものだ。しかし、現在もそう説いているのは経済学の教科書だけで、文化人類学や考古学では不便な物々交換など最初からなかったと否定されている。例えばポリネシアやアフリカの奥地の民族の経済活動を見ても物々交換をしている例はない、と言われている。
 
さらに、興味深いのは、文化人類学や考古学の通説に従えば、文字の始まりは「信用を刻む」ことから始まったようだ。つまり、帳簿を付けるのが文字の始まりだったという。木を石などで傷を付けて書いた最初の文字が貸し借りだったようだ。つまり、情報処理の始まりは金融だった。
 
そう考えると、デジタルこそ金融、貨幣にふさわしい。デジタルトランスフォーメーションで10年後、20年後に最も大きく変わるのはもしかしたら金融や貨幣かもしれない。
------------------- 引用終わり
 
この雨宮副総裁の話から、確かに貨幣の本質をしっかりと捉えており、かつ便利であれば、CBDCの存在の意義は増してくると思いました。そこで、この雨宮副総裁の話の文化人類学、考古学の観点から見た貨幣の始まりを見てみましょう。
 
2.貨幣の始まり
貨幣の始まりについて、実に示唆深い書籍があります。「21世紀の貨幣論/フェリックス・マーティン著/東洋経済新報社)」です。この書籍を参照にして、貨幣の歴史を振り返ってみます。
 
①ヤップ島の石貨
貨幣の歴史を振り返るとき、その起源は未だ分かっていないという点は考えておかなければなりません。今から始まるこのヤップ島の話は、この島が貨幣が始まった島だという話ではありません。そうではなく、この島で起きていることが、人類の貨幣の始まりの根本を覆してしまう可能性があるという話です。
 
ヤップ島はパラオ諸島から300マイル(約480キロ)以上離れた小さな群島にある小島です。この島は19世紀末まで、ミクロネシアから先の世界とはほとんど遮断されたままでした。
 
20世紀に入り、このヤップ島に若く、才気にあふれ、冒険好きな一風変わったアメリカ人、ウィリアム・ヘンリー・ファーネス3世が訪れ、歴史的に極めて興味深い独自のマネーシステムを世界が知ることになります。
 
ヤップ島には経済はあるにはありましたが、発展していたとはとても言えません。市場で取引されていた商品は3つだけでした。魚、ヤシの実、そしてヤップ唯一のぜひたく品であるナマコです。交換の対象となる商品は他にこれといってありませんでした。
 
ヤップ島はこうした原初的な状況にあったので、単純な物々交換よりも進んだものが見つかるとは、ファーネスは予想していませんでした。むしろ、物々交換をするまでもない社会ではないかと考えていました。
 
ところが、ファーネスの読みは完全に外れました。ヤップ島には高度なマネーシステムが存在し、巨大な硬貨があったのです。その大きさは直径30センチ程度のものから、4メートル弱もあるものまでありました。その石貨は「フェイ」と呼ばれていました。石の真ん中には穴が開いています。穴の大きさは石の直径によって変わっており、石の重さに耐えられる長さと強さがある棒を差し込むことで、持ち運べるようになっています。
 
しかし、実際にはフェイがある家からある家に運ばれることは稀でした。また、石貨は持ち主が所有していなくても良いという特徴もありました。そして、ヤップ島にはさらに驚くべき話がありました。
 
村の近くに住むある家族は莫大な財産を持っていました。それは、村の誰もが認めていましたが、誰一人として、その財産を実際に見たり、触ったりしたことがなかったのです。当の家族でさえそうでした。この財産とは巨大なフェイでした。
 
このフェイはその昔、バベルタオブ島から運んでいるときに嵐にあって、海中に沈んだのだそうです。バベルタオブ島にはフェイの原型となる石があり、わざわざをの島から運ぶことに価値があるとされていたのです。そして、フェイを運んでいた者たちから巨大なフェイは海の底に沈んだと聞かされた島民は、みんなその話を受け入れました。
 
フェイが海に消えてしまったのは事故でしかなく、それを言ったところでどうにもならない。海岸から数百フィート(10キロ前後)沖に沈んでいるからといってフェイの市場価値が損なわれることはない・・・こうしてその石貨は、あたかも持ち主の家の壁に立てかけられているかのように資産として有効であると認められており、購買力をずっと持ち続けていたのです。
 
目で見たり、手で触れたりすることはないが、それがそこにあるという証書を根拠に取引をされていたのです。
 
②物々交換は本当にあったのか?
貨幣は物々交換から生まれたという説があります。これは昔から信じられていた通説です。
 
通説では次のような話になっていました。
 
「古代にはお金はありませんでした。人々は物々交換でモノのやり取りをしていました。自分が作らない何かが必要なときには、それを持っていて、自分が作るモノと取り替えてもいいと言ってくれる誰かを見つけなければいけませんでした。もちろん、物々交換という制度には問題がありました。とても効率が悪いということです。自分が欲しいモノを持っていて、かつ、自分の持っているモノを欲しがっている人を見つけなければなりません。しかも、二人が同時にそう考えていなければならないのです。
 
やがて、あるモノを選んで「交換の手段」にするという考えが生まれました。理屈の上では、支払手段として広く一般に受け入れられているものなら、何を選んでも良かったです。しかし、実際には、金と銀が選ばれることが多かったのです。耐久性があり、加工して持ち運びもできて、希少だからです。
 
いずれにしても、交換の手段として選ばれたものは、それが何であっても、それ自体が価値のあるものとして取引されるだけでなく、他の物を買ったり、将来のために富を蓄えたりすることに使えるようになりました。要するに、このモノがお金であり、マネーはこのようにして生まれたのです」
 
これが由緒正しき、学説でした。ところが、これを覆したのが、ヤップ島のフェイだったのです。ファーネスのヤップ島の旅行記が出版されてから、研究が進み、歴史的な証拠、民俗学的な証拠が積みあがってくると、歴史上にも、同時代にも、物々交換をしていた社会を見つけることができないことが分かったのです。
 
1982年に米国の経済人類学者、ジョージ・ドルトンはこう書いています。
「われわれが信頼できる情報を持っている過去の、あるいは現在の経済制度で、貨幣を使わない市場交換という厳密な意味での物々交換が、量的に重要な方法であったり、最も有力な方法であったりしたことは一度もない」
 
ケンブリッジ大学の人類学者であるキャロライン・ハンフリーは次のように結論づけています。
「物々交換から貨幣が生まれたという事例はもちろんのこと、純粋で単純な交換経済の事例さえ、どこにも記されていない。手に入れることができるすべての民族誌を見るかぎり、そうしたものはこれまでに一つもない」
 
③マネーはモノか?
標準的な貨幣論では、マネーは「モノ」だとされてきました。つまり、商品世界の中から交換の手段とするために、ある商品が選ばれるということです。
 
そして、この選ばれた商品を媒介として財やサービスを交換し合うことが始まり、その商品が貨幣となったというのが、貨幣の本質であるとされてきました。
 
しかし、ヤップ島のフェイは、重すぎ、大きすぎ、交換の手段として選ばれたとは到底考えられません。また、フェイは交換もされていないのです。ましてや海の底に沈んだままのものさえあるのです。従来の通説では、説明しきれないことは明らかです。
 
つまり、商品が貨幣に変わっていったとする説は根本的に成り立たないということになるのです。マネーはモノではなかったのです。
 
④信用取引・決済システムこそマネー
ヤップ島のフェイが交換の手段でないのだとしたら、何がそうだったのでしょうか。また、ヤップ島のマネーがフェイでなかったのだとしたら、いったい何がヤップ島のマネーだったのでしょうか。
 
ヤップ島のマネーはフェイではなく、その根底にある、債権と債務を管理しやすくするための信用取引・精算システムだったのです。フェイは信用取引の帳簿を付けるための代用貨幣にすぎないのです。
 
ヤップの島民は魚、ヤシの実、ブタ、ナマコの取引から発生する債権と債務を帳簿につけていきました。債権と債務は互いに相殺して決済をします。決済は一回の取引ごと、あるいは1日の終わり、1週間の終わりなどに行われます。決済後に残った差額は繰り越されています。
 
考えてみれば、これは現代でも同じです。銀行に預けてあると思っているマネーを誰もすべて数えてはいないし、見てもいません。実際には目で見えるものは何も交換していないのですから、ヤップ島の海に沈んだフェイと同じようなものです。
 
これらは目で見たり、手で触れたりできない与信残高の記録です。言い換えれば、硬貨や通貨は、その根底にある信用取引を記録して、信用取引から発生する債権と債務を精算するのに便利な代用通貨だったのです。
 
通貨そのものはマネーではない。信用取引をして、通貨による決済をするシステムこそが、マネーだったのです。そして、このシステムを人々が「信用」していなければ成立しません。さらにマネーについて重要な要素があります。それは、譲渡性です。
 
マネーは信用です。しかし単なる信用ではなく、「譲渡する事が可能な信用」であるということです。
 
19世紀の経済学者、法律家のヘンリー・ダニング・マクラウドは次のように述べています。
 
「貨幣の最も重要な機能は、言うまでもなく、債務の価値を測定して記録することであり、ある人から別の人への移転を円滑にすることである。そして、この目的でどのような手段で選ばれたとしても、たとえ金であれ、銀であれ、紙であれ、それ以外の何であっても、それは通貨である。したがって、「通貨」と「譲渡可能な債務」は同義語だということが基本的な概念であると言える。つまり、あらゆる種類の譲渡可能な債務を表すものはすべて「通貨」であり、「通貨」となる素材は、たとえそれがどのようなものであっても、すべて「譲渡可能な債務」を表し、それ以外の何物でもない」
 
 
3.CBDCは世界的に広がる可能性がある
こうして、通貨の本質を見ると、貨幣が商品ではなく、「譲渡可能な信用」であるとしたら、それは今後の社会では広がりを見せることになると思うのです。
 
現在、バハマが世界初のCBDCを発行していますが、それは目に見える通貨よりも利便性が高いわけです。さらに、銀行のインフラが整備されていない国々でキャッシュレスが進んだのは、その利便性の高さからです。
 
それに「法定通貨」としての信用がつけば、それは普及する方が自然であり、短期的に見れば、様々な問題があるとは思いますが、長期的な目で見れば、これは世界としては普及するように思います。
 
CBDCが世界で進んでいくとすると、通貨の流通コストが下がり、銀行の存在も大きく変わっていきます。決済のシステムが大きく変わり、私たちは現金を手にせず、スマホが財布、企業の決済も銀行間取引だとしても、決済に関わる料金が下がっていくことになるはずです。
 
世界を大きく変えるであろう議論は現在進行中。そして、元通りの現金を移動させる世界に戻ることはなさそうです。
 
CBDCの議論を通じて、貨幣の本質を考えてみてはいかがでしょうか。
 
本日はここまでです。ありがとうございました。
 
 
中小企業の未来創造パートナー
宮野宏樹

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